今日から派遣社員

派遣社員を11年間しました。私の派遣社員での経験を小説にしていきたいと思います。これから派遣社員になろうと思っている人の参考になれば幸いです。私の経験に基づいた小説ですが登場する会社や人物は架空のものです。

(小説)今日から派遣第1話「派遣社員になったきっかけ」③

今日は金属リサイクル企業「宮田リサイクルカンパニー」の面接日だ。

着なれないスーツと書きなれない履歴書を装備して、車で面接に向かった。開けた車の窓から塩のにおいがかすかに香る。港湾業務とあって港近くにある社屋が見えてきた。大型クレーンが何台も青空にそびえたっていた。車で会社の駐車場に入るとすぐ横がもう作業場だった。僕は目を疑った。

金属の破片の山がいくつも見えた。足の踏み場もないほど破片が散乱しており、それを踏み潰すようにたくさんの重機がうごめいていた。はっきり言っていつ重機が横転してもおかしくない状況だった。僕はなんとなくいやな予感がした。

車を停めて事務所の玄関に向かうとき作業者数名とすれ違った。僕はこんにちはと大きな声であいさつをした。全員疲弊した顔であいさつを返してくれはしなかった。今日は繁忙期なのかもしれないが僕はこの会社の職場環境の悪さを感じとった。

事務所のドアを開けると女性社員と目が合った。

「あの14時から面接のお時間をいただいております白浜と申します」

「あ、白浜さんですね。少々お待ちください」

事務所にいる従業員の方々の目線に緊張しながら待っていると日焼けしたガタイのイイ男性がこちらに近寄ってきた。

「白浜さんですね。専務の吉川です。面接しますのでこちらへどうぞ」

僕は正直びびった。180cm近くの身長に刈り上げた短髪で黒のTシャツにスーツのズボン。金のネックレスをしてハンドバックを持っていた。どうみても普通の人に見えなったがこの時の言葉遣いは丁寧だった。

応接室に通された僕はあいさつをすませると履歴書を取り出して吉川専務に差し出した。ガニまたでイスに座った吉川専務は特に何も言わずにサッとすばやく履歴書を開く。ギロッとした目が上下に乱高下している。僕は手のひらに汗をかいた。人生でこれほど嫌な時間など他に存在しない。

「ふーん。大学出てるんだぁ。この前職の物流会社はバイト?」

「はい」

「25歳でバイトか・・・」

「・・・・」

専務は黒目が以上に大きい目で僕を直視した。

「言っとくけどうちの仕事めちゃくちゃキツイよ。大丈夫?」

「はい。物流会社の夜勤で3年間肉体労働してましたので体は丈夫な方だと思います。フォークリフトの運転も慣れていますし、覚えは早い方なので重機の操作も覚えられると思います」

「あっこれ夜勤だったんだ。うちは夜勤はないけど重機の操作なんてできてあたりまえ。そんなの誰でもできるんだよ」

「はい」

「君、まだ25歳と思ってる?」

「え?」

僕はすぐには答えられず一瞬間があいた。たぶん一瞬だった。でもその時は結構長く感じた。

「うちの会社で25歳だったらもうベテラン。重機なんて自由自在に操作できてあたりまえだよ。25歳でバイトしてたんでしょ?まだ25じゃなくてもう25だよ。わかってる?」

「はい」

僕は「はい」しか言えなかった。想定外の流れだ。僕はどうやらこの人の人生観やポリシーから大きくずれた生き方をしているようだ。ここから吉川専務の経歴の話を30分間聞くことになる。

吉川専務は36歳。島で育って中学卒業後すぐにバック一つ持って宮田リサイクルカンパニーに入社した。僕と10歳くらいしか変わらないのにもう役員ということになる。冬の日は港の冷たい風に吹かれて、夏の日は炎天下の日差しを浴びて重機を必死で運転して休みも返上で頑張ったそうだ。そして数年で役職がついて、入社10年足らずで役員になった。役員になった今も現役バリバリで現場に出ている。

「うちの会社は去年年商100億にのって俺は今同年代の人間よりずっと稼いでいる。他の従業員も中卒でバック一つ持って入社してきた奴ばかりだよ。最初はごみ拾いからやってもらうけどできる?」

僕はこの時言葉につまってしまった。はいと即答できなかった。専務は逆上とまではいかなかったが目つきが変わった。

「そこで即答できないようじゃ何やってもダメ!!うちで頑張れる?」

「いや・・・・」

専務は黙っている。僕の回答を待っていた。

「すみません。僕に中卒でバック一つもって仕事に打ち込もうという覚悟はありません。今入社してもお役に立てないので申し訳ありませんが今回はなかったことにしたいと思います」

そう発した僕の手は震えていた。専務はびっくりした顔をしていた。

「うちにパソコンに強い男性社員がいないからちょっと期待したけど無理?」

「すみません。僕にここで働く覚悟ができていませんでした。すみません」

「そう。わかりました」

専務は立ち上がった。面接は終了の合図だ。そこからお互いたったまま10分間の「25歳でバイトしていることに対しての説教」というアンコールライブがあり僕の今日の就活は幕を閉じた。

帰りの車の中でいろんなことが頭をめぐった。中卒ばかりの所へ大卒の僕がポンっと入っても従業員と話しが合わずに孤立するのは目に見えている。大学のバイト時代に似た経験をすでにしていた。こちらから打ち解けようとしてもやっぱり相手にはとっつきにくいのかもしれない。僕は中卒を下に見たことなどない。僕の家は貧乏だった。高校へ行かずに職人になる選択肢も頭によぎったほどだ。でもやぶれかぶれで大学まで卒業した。

中卒でバック一つもって入社してきた人がえらくて、大卒でバイトはダメのか。そもそも中卒で就職する人は一生その会社で頑張る覚悟が全員にあるのか。

いやもう考えるのはよそう。僕は負け犬だ。世間というフィルターで見ればそれは明らかだ。でも負け犬にも最後のすかしっぺくらいあるはずだ。僕は楽観主義者だ。そのすかしっぺに希望を乗せてまた就活に明け暮れるとしよう。