今日から派遣社員

派遣社員を11年間しました。私の派遣社員での経験を小説にしていきたいと思います。これから派遣社員になろうと思っている人の参考になれば幸いです。私の経験に基づいた小説ですが登場する会社や人物は架空のものです。

(小説)今日から派遣第3話「常用雇用型派遣」①

次の日僕は初出勤の為、送迎バスに乗っていた。僕が所属することになった物流課は、国際空港の敷地内にある輸出入貨物が集約している「貨物地区」と呼ばれる倉庫が立ち並ぶ区域で業務を行う部署だ。そこでフォークリフトオペレーターとして従事することになっている。物流課を管理している事務所と実際業務を行う場所は別ということで、いったん事務所の方へ来てくださいと尾田係長に言われた。

「白浜さーん、着きましたよ」

送迎バスの運転手が声をかけてきた。僕は急いでバックを手に取ると運転手に会釈してバスを降りた。そこには2階建ての雑居ビルが建っている。自動ドアの横の表札を見るといくつかテナントが入っている。エアカーゴクリエイティブは1階か。とりあえずビルの中に入ると立て看板がありエアカーゴクリエイティブはこちらと矢印がしてある。それに従って進むと奥にドアがあった。僕はノックしてドアを開けた。

「失礼します」

「ああ、白浜さん。おはようございます」

ドアを開けてすぐのデスクに尾田係長が座っていた。事務所は思ったよりこじんまりとしていた。入口に一番近い所に尾田係長、その斜め前に課長の佐伯さん、そして一番奥に部長の平野さんが座っていた。そして部屋の隅に仕切りがしてある応接スペースがあり、僕はそこへ通された。尾田係長が手にビニール袋で包装してある作業着を持ってきて服のサイズはLで大丈夫か聞かれた。僕は大丈夫ですと答えると

「それじゃ行こうか」

と言って尾田係長は僕を連れてビルの玄関へ向かい、待機していた送迎バスに乗り込んだ。僕は尾田係長の後ろの席に座った。

「貨物地区に行ってください」

「はいよ」

尾田係長が行き先を告げると運転手は返事をして発進させた。送迎バスは迂回して右折すると地平線まで伸びているかのごとく張り巡らされた空港のフェンス沿い通りを進んでいった。尾田係長は僕の方へ振り向くとたんたんと話し始めた。

「白浜さん、希望職種がフォークリフトオペレーターということだったんですけど会社の都合で別の部署で働いてもらうことになりました。輸入の税関補助なんですけどそこが人がほしいということだったんで、とりあえず今日はそこへ行ってもらいます。フォークリフトの方はまたチャンスがあれば行ってもらいますので」

「え!?・・・はぁ」

僕はびっくりして声がでなかった。はっきり言ってまったく予想していなかった。税関補助!?なんだそれ。どんな仕事だ?僕は混乱した。でも尾田係長の口調はもう決定事項だと言わんばかりだった。

「あのどんな仕事なんですか?」

「通称”内点”って言って輸入した貨物の中身を空けてインボイスと照合する仕事なんですけど、特に資格とか必要ないから心配しなくても大丈夫ですよ。今いる皆も初心者から始めたから」

内点?インボイス?まったくわからん。僕は急に不安が襲ってきた。県外の未知の地域へ来ていきなり未知の仕事をさせられるとは思いもしなかった。マジかぁーとビクついているうちにバスは貨物地区に到着した。下車すると尾田係長は早歩きでスタスタ歩き始めたので僕はそれについて行いていくと、警備員がいるゲートが見えた。尾田係長はそこで何やら用紙に記入するとそれをカードと交換した。

「このカードを警備員に見せるとゲートを通過できますので」

尾田係長はそう言うと僕にカードを渡した。二人はカードを警備員に見せると警備員は手のひらを上にしてレディファーストかのように通ってよし!の合図をした。

「ここから先は「保税区域」といって税関を通過する前の貨物が保管されている区域です」

尾田係長は歩きながら教えてくれた。僕はへぇーという顔をしながらキョロキョロして歩いた。そこはトラックとフォークリフトと書類を持った人、自転車がひっきりなしに行きかっていた。建物が倉庫であるだけで一つの町のようだ。それだけの物体がひたすら交差しているにもかかわらずそれらの音は飛行機の離着陸の音でとびとびに聞こえてくる。僕は広すぎて自分が今どこで何をしているのかさっぱりだった。

尾田係長はある倉庫に入っていった。そこは物流倉庫というより整備工場のような感じだった。僕は天井を見上げていると尾田係長は急にあいさつをした。

「おはよう」

尾田係長があいさつをした先には作業着をきた7人の男性が机を囲んで座っていた。その中の二人は足を机の上に投げ出して座っている。全員30歳前後に見える。

「今日からここに配属になる新人を連れてきました。白浜さんです」

尾田係長が僕を紹介すると足を投げ出していた二人は足を下した。

「今日からこちらでお世話になります白浜です。よろしくお願いします」

僕があいさつすると7人の男性は軽く会釈した。

「皆、年が近いし話しやすいと思うから何でもわからないことは聞いてください。それじゃ僕は他の仕事があるのでこれで失礼します」

尾田係長はそう言うとそそくさと行ってしまった。すると短髪茶髪の男性が

「こっち座りなよ」

と言って空いている丸椅子を差し出した。僕はそこへ失礼しますと言ってチョコンと座った。

「畑山です。よろしくね」

その短髪茶髪の男性が笑顔で僕にあいさつをした。

「白浜です。よろしくお願いします」

「尾田さんがなんかすごい奴がくるって言ってたよ」

「え!?僕のことをですか」

「そう」

なんだその情報は。僕のどこがすごい奴なんだ。この負け犬の僕の。でもそんな情報が流れている時にろくなことがない気がするのは僕だけじゃないだろう。案の定、周りを見渡してみると他の男性は評価してやるというような顔で僕を見ていた。

こうして僕のストレスフルな空港生活が始まった。

 

 

 

(小説)今日から派遣第2話「入社」③

今日は新人研修の日だ。場所は研修センターで寮から会社の送迎バスで1時間はかかる。研修開始は午前9時。送迎バスの出発時間は7時20分だった。僕は6時半に起きて少しバタバタしたが遅れずにバスに乗り込んだ。するともう乗っている人が5人いた。みんな一緒に研修を受けるメンバーだった。4人が男性で1人女性がいた。一人だけ30代半ばと思われる男性がいたがその他はおそらく20代だ。僕は軽く会釈をして空いてる席に座った。もう何人か乗ってくるかと思ったが僕が最後だったようでバスは出発した。

僕も含めて新人のみんなは緊張しているようだった。バスの中は重い空気が流れている。一人ぐらい陽気な人間がいて話しかけてくるとも思ったが、そんなことはまったくなくただただ風景が流れていくだけだ。でも不思議と退屈しなかった。窓から見えるものはすべて新鮮だった。知らない土地を見るのは結構楽しい。30分くらいたつと徐々に都会になっていった。地元では絶対見ることはないような高層ビルが遠くにいくつも目に付く。そして工場や倉庫やらが増えてきて工業団地の中にバスは入っていった。バカでかい工場が乱立していて煙突から白い煙が空に向かって糸を引いている。そろそろ着くのかなと思っているとウィンカーの音が鳴り始めた。するとバスは敷地に入っていく。

ここが研修センターか。意外とこじんまりしている。2階建てのおおきなプレハブといったところだ。6人全員バスから下りると1番年上の30代の男性がすーっと入口に入って行ったので皆それについて行った。すると1階には管理職らしき男性が数名いてこちらを見た。新人は皆あいさつをすると元気に返してくれた。

「研修は2階なので好きな席に座って待ってて」

管理職らしき男性の1人が2階に行くようにうながしたのでその通りにした。2階に行ってドアが開いている部屋があったのでその中に入ると20名近くの人がいた。行きのバスの中とは違いガヤガヤしている。

こういう時のあるあるだが前の方はなんとなく席の空きが多かった。しかたなく僕はそこへ座った。筆記用具をカバンから出していると後ろの席の僕より年下と思われる青年が話しかけてきた。

「航空整備の人ですか」

「いや違います。物流課です」

「あ、それじゃ同じですね」

彼は関西のイントネーションだった。耳にピアスの穴が開いている短髪で薄い茶髪のちょっとチャラい青年だった。その後少し話したが、彼は前に別の国際空港の貨物倉庫で働いていて勤務時間が1日20時間近くにもなったことがあるというブラックな職場にいたという。いくら若くてもさすがに死ぬということで辞めてこの会社に転職したらしい。ここも同じ職場環境だったらご愁傷様である。いやそれはお互い様か。

開始5分前になったらエアカーゴクリエイティブというししゅうが胸にある作業着を着た40代後半くらいの少し髪が薄くなった小太りの男性が部屋に入ってきた。

「それではちょっと早いですけど、中途採用者の新人研修を始めたいと思います。起立っ!!」

「始めたいと思います」までおだやかな口調でいきなり「起立っ!!」と大声になったのでみんなビクッとした。全員速やかに立ちお願いしますとあいさつをした。

「声が小さい。もう一度」

研修の教官があきれたような顔をする。新入社員はもう一度あいさつをした。このやり取りがそのあと2回あって研修が始まった。

研修はまず自己紹介からだった。僕は前の席に座っていたので比較的すぐに出番が回ってきた。

「白浜光一です。25歳です。前職は冷蔵食品を扱う物流倉庫で夜勤アルバイトをしていました。フォークリフトオペレーター希望で入社しました。よろしくお願いします」

パチパチと散り散りな拍手が鳴った。それから先ほど話しかけてきたピアスの若者から次々に自己紹介がなされていった。地元に近い人は少なくほとんど地方から来た人で別の寮に入っている人だった。男女比は8:2くらいで男性が多く、20代が大半で30代が2人に40歳が1人いた。

「自己紹介は以上ですね。それではまず新入社員の心構えとエアカーゴクリエイティブの規則について説明していきます。ここに来ている皆さんは新卒ではなく中途採用者です。社会人経験がある方ばかりですので、事細かにはしません。聞いたことがある内容かもしれませんがきちんと聞いてください」

そう教官は前置きをして説明が始まった。内容は先輩や上司へのあいさつの仕方、寮での行動の仕方、5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)、報連相(報告、連絡、相談)、5W1H(だれが、いつ、どこで、なにを、なぜ、どのように)、ムリムラムダなどを新人への質問を織り交ぜながらのものだった。

これが1時間くらいあり休憩をはさんで今度は教官との質疑応答がメインだった。テーマは「会社で働くとはどういうことか」だった。教官は腕を組んで黒板の前を動物園の虎のように右往左往しながら新人に質問していった。

「会社で働くとはどいうことですか?」

女性社員は答えた。

「世の中に貢献することだと思います」

別の男性社員は答えた。

「お金を稼いで自分の夢をかなえることです」

別の男性社員は答えた。

「社長のビジョンを達成するために働くことです」

教官はそうですねというと下を見て少し考えるそぶりを見せた。そして教官は新人たちの目を見ながら言った。

「ここにいる皆さんは私を含めてサラリーマンです。会社という組織に雇われて働いているのであり社長ではありません。給料という対価を会社からもらって仕事をしているわけです。ではその給料はどこからきますか。それは会社がもたらす利益です」

教官は少しずれたメガネを定位置に戻しながら声高になる。

「社長から個人で1億円稼ぎなさいと言われたらそうしなければなりません。ではあなたが1億円稼ぐならどうしますか?えーと。では白浜さん」

げっ。急に来た。僕は肛門が閉まった音がした気がした。1億円を稼ぐなら!?ヤバイ。どうしよう。僕はない頭をひねりにひねった。

「1億円稼げる方法がわかったら今僕はここにはいません」

なんて言えるほど空気が読めないわけではない。しかし僕の頭にはそれしか浮かばなかった。

「わかりません」

とっさにでた言葉がそれだった。その堂々とした口調に笑いが起こった。新人たちの緊迫した空気が和やかなものに変わる。しかしその時イラっとした表情をした教官は次の言葉を発した。

「君はサラリーマンには向いていない」

あの言葉は僕にとって衝撃だった。今からこの会社で働こうという若者にいきなり「サラリーマンには向いていない」とはいかがなものか。あたりさわりのない返答ができない僕が未熟者だと言われればそれまでだ。しかしその能力がないのもまた僕なのだ。自信満々で言う事ではないが。

「それじゃ後ろの人答えてください」

僕は鮮やかにスルーされた。後ろのピアスの青年は

「現在成功している仕事を真似して大きくします」

と答えた。あたりさわりのない回答だ。僕は鮮やかに敗北した。年下のピアス君に。サラリーマンとしてかんぷなきまでに叩きのめされた。

それから次々に同じ質問がなされたが、他の皆はあたりさわりのない回答をしていた。少しさらに突っ込まれた質問をされた人もいたが「わかりません」を下回る回答はなかった。

それからほどなくして約2時間半の研修は終わった。後半はほとんど覚えていない。理由は言うまでもない。僕が筆記用具をカバンにしまっていると後ろのピアス君が

「白浜さん、さっきの回答めっちゃ面白かったです」

とすごい笑顔だった。僕は軽めの敬礼をした。サラリーマンとしては何も産み出せなかったけど、とりあえず関西人を少しクスっとさせたことは上出来だ。この研修で得たことはそれで十分だ。

研修が終わってからの皆が帰っていくのは早かった。皆、明日が勤務初日だ。それぞれが寮へ戻っていく。僕も速やかに送迎バスに乗り込んだ。他の新人と言葉こそ交わさないが、そこに研修センターへ来るときの重苦しい空気はなかった。

バスが発車すると僕はイヤフォンを耳につけた。少し現実逃避したい気分だった。僕はアニソンの「愛をとりもどせ!!」の「YOUはショック」という歌詞を聴きながら、大空に立ち上る工業団地の白煙を見つめた。

(小説)今日から派遣第2話「入社」②

上空から見る国際空港はまさに要塞だった。この中で僕は働くのかと思うと不安と期待が交互に湧き上がってきた。自分のフォークリフトの腕がどこまで通用するのか。世界中からやってくる貨物を取り扱うはずだから田舎の冷蔵倉庫とはわけが違うというのは想像に難くない。おそらくてんやわんやでパニくるはずだ。しかし見送ってくれた母のためにもやるしかない。

飛行機が着陸して空港に降り立つとまずは尾田係長に連絡を入れることになっていたのでさっそく連絡を入れた。

「もしもしお忙しい所すみません。今日入寮します白浜と申します。今空港につきました」

「ああ白浜さんですね。お疲れ様です。今ターミナルのバス停前にいるのでそこまできてもらえますか。ネイビーの作業着に下はスーツを着ていますので。」

「わかりました。向かいます」

国際空港というからには人でごった返していると思ったが平日だからか思ったより多くなかった。でも一度にこんなに外人を見たことがなかったのでなんかふわっとした気分になった。それにスカーフを巻いた航空会社の女性社員にチラチラ目が行ってしまった。目の保養をしながら若干迷いはしたが、案内係の人に聞きながらなんとかターミナルのバス停に来ることができた。

ネイビーの作業着はっと。あっあれか。ボックスワゴンの前にそれらしい人が立っていた。僕は駆け寄りあいさつをした。

「あの尾田さんですか」

「はい」

「白浜です」

「ああ、白浜さん。きましたね。係長の尾田です」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。それじゃこの車で寮まで移動します」

尾田係長は30代半ばくらいで身長171cmの僕より一回り小さいくらいでその他に特徴といえる特徴はないとても真面目そうな人だった。尾田係長と僕はボックスワゴンに乗り込んで寮へ向かった。僕が今日入寮するひまわり寮は空港から車で15分ほどの所にある。車で15分だとそこそこの距離と思わるかもしれないが空港の滑走路からすぐ近くだ。空港自体が広すぎるために空港の敷地から出るだけでも結構な時間がかかってしまう。

寮の駐車場につくと年配の女性が出迎えてくれた。ひまわり寮の寮母さんだ。Tシャツジーパンにサンダルというラフな格好で、瞳が大きく高い声で陽気な感じの人だった。

尾田係長は

「それじゃ私は会社に戻りますのであとは寮母さんの指示にしたがってください。それと明後日は新人研修がありますのでこの書類の指示通りに研修センターまで来てください」

と言って研修資料を僕に渡して会社に戻っていった。

「それじゃ部屋にいきましょうか」

寮母さんは寮の方を指さすと歩き始めた。ひまわり寮はA棟からD棟まで1棟2階建て30部屋が敷地内に4棟並んでいる寮だ。見た感じはそこまで古そうではないが、完全な鉄筋ではないので壁が薄そうな感じがした。でも完全個室なので贅沢は言ってられない。B棟の2階の部屋に通された。部屋の中は8畳ワンルームになっていた。エアコン付き風呂とトイレは別々でキッチンがIH。思っていたより綺麗で安心した。

寮母さんは電気、風呂のガス、水道の使い方や寮の規則や門限、一番近いスーパーの場所を教えてくれた。

「それじゃわからないことがあったら私の携帯に連絡してください」

そう言って連絡先を交換すると寮母さんは寮の管理棟に戻っていった。僕はため息をついて何もない部屋の床に座り込んだ。とりあえず疲れた。ここでこれから頑張るのかぁ。飛行機の音がひっきりなしに聞こえてくる。僕は空港に来た実感が湧いてきた。ベランダから外を見ると寮生が何人かいる。平日のまだ3時だ。もしかしたら夜勤もあるのか?そんなことを考えていたらお腹がすいてきた。そういえばさっきスーパーの場所を教えてもらったから早速行ってみよう。

僕はスーツの上着を脱ぎ捨てて、ネクタイをはずし外へ出た。するとスタスタと廊下を歩く音がした。僕は鍵をかけながら横を見ると作業着を着た男性が近づいてきた。ここは新入社員としてちゃんと挨拶をしなければならない。

「お疲れ様です!」

僕はやや高めの営業トーンであいさつをした。するとその男性は目も合わせずに通り過ぎた。僕はえ!?と思った。そして男性はそそくさと向こうの部屋へ入っていった。その瞬間、この会社の雰囲気を垣間見た気がした。どうやら一癖も二癖もある人が全国から集まっている会社のようだ。