今日から派遣社員

派遣社員を11年間しました。私の派遣社員での経験を小説にしていきたいと思います。これから派遣社員になろうと思っている人の参考になれば幸いです。私の経験に基づいた小説ですが登場する会社や人物は架空のものです。

(小説)今日から派遣第1話「派遣社員になったきっかけ」①

なんで僕だけが。

そんな不満がたまりにたまっていた。約三年がんばってきたバイトだったが辞める時が来た気がしていた。僕はスーパー、コンビニの冷蔵品を扱う物流倉庫の深夜バイトをしていた。不満の根源はガソリン代だった。配送先が一か所だけ遠方で、かつ配送物品が少数だったため僕の自家用車で配送していた。そのガソリン代がまったく支給されないでいた。

一時的なことだと思って我慢していたが、いつまでたっても変わらなかった。社用車が一台あるのに今までそんなシステムは存在しなかった。こんなシステムが私の代で始まってしまった。このままでは会社の為にならないし、このような事が伝統にならないように僕は所長にある日訴えた。

「なぜ僕だけが自家用車で配達してガソリン代が支給されないのですか!」

「一時的なことだからもうちょっとだけ自家用車で配達してよ」

所長はまったく想定内の返答をしてきた。

「一時的ってもう3カ月も配達してますよ」

「・・・・・」

所長は沈黙した。この所長は都合が悪くなると沈黙して喫煙室へ行ってしまう。そもそもこの所長は従業員皆に信用されていなかった。知人から儲け話を聞いてその仕事をするために一度職場を去った。しかし数カ月後にまた戻ってきたと思ったら、いきなりまた所長職についてしまった。

その後それに不満を持った配送ミスがまったくない優秀なドライバーが何人も辞めていった。その他にもしょっちゅう勤務中に車の中で寝ていて、クレームの電話をバイトに取らせていたため嫌気がさしたバイトが何人も辞めていった。

そんな背景があったため僕は所長の発言にまったく信用が持てなかった。この所長が変わらない限り職場がどんどんブラック化していく。誰かが我慢していても誰の為にならない。

僕は決意した。次の日所長に辞めることを伝えた。

「急に辞めるって言われても困るぞ」

「いやもう無理なんで」

「なんかあったのか」

僕はその「なんかあったのか」にプッチンときた。はっきり言ってあなたのすべてが「なんかあった」だ。僕はこの「株式会社なんかあったサービス取締役代表」の所長にウソをついた。

「いや重い物を持ちすぎて背中が痛くてもう仕事ができません」

背中が痛いのはホントだったが仕事ができないほどのことじゃなかった。

「うーん・・・・」

所長はいつもの沈黙タイムに入った。それはいつもより長かった。

「それじゃしかたない」

思ったよりあっけなかった。

「すみません。お世話になりました」

「・・・・・」

所長は沈黙したあとどこかへ立ち去ってしまった。それが所長との最後の対面になってしまった。

近くにいたベテラン女性事務社員の吉沢さんとベテランドライバーの高島さんが近寄ってきた。

「白浜君、辞めちゃうの?」

吉沢さんは悲しそうな顔をしていた。

「白浜、辞めるのか」

高島さんは少し笑顔だった。

「白浜君、こんな状態だったらしかたないよね。他のとこ見つけた方がいいよ」

「白浜、おまえまだ若いんだからこんなとこにいたらダメだよ。早く次のとこ見つけろよ」

「はい。3年間お世話になりました」

僕はこの二人には可愛がってもらっていた。わからないことはなんでも相談できる人達だったし、所長への不満で妙な共感と仲間意識があった。

はっきり言ってこの職場はよかった。所長以外は。

前職にいろんな肩書の人がいて楽しかったし、嫌なことを言われることも新人の頃からほどんどなかった。休憩室で皆でワイワイ騒いだのもホントに楽しかった。

ごはん休憩中に元漁師の青山さんが出会い系サイトで女性を口説いて速攻でフラれたのは最高だった。

他県から貨物を届けにくる超美人ドライバーが来る日は男性陣みんなで、貨物の引き取りのうばい合いをしたのもいい思い出だ。

事務所のドアノブに触れるのはこの日が最後だと思うと後ろ髪を引かれる思いだった。

でももうココにはいられない。僕はガソリンを無駄に消費した中古の軽自動車に乗って物流会社を去った。